[PR]
2025年07月16日
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
山登りの途中。
2011年02月20日
とある日曜日の午前中、
おうちの中で掃除などしておりましたら玄関でピンポーンと鳴りました。
人に会うのは嫌いなんですけどしょうがない。
渋々出てみました。
そこには穏やかな顔をした、小柄な中年女性が一人。
手には古そうな、辞典くらいの厚さの本が一冊。
それでだいたい訪問の目的はわかりました。
女性は私に向かって問いかけました。
「あなたは占いを信じますか?」と。
私は少し悩みました。
釈尊の言葉に、
「幸運をもたらすのは努力だけ。占いや暦注に時間を浪費してはならない」
というのがあるんだけど、それを説明したら話が長くなるし……
結局「私はそんなに占いを信じません。私は今の所、釈尊の後をついて行こうと思っています」
とだけ答えました。
女性は少し驚いた表情を見せ、
「何かお勉強してらっしゃるんですか?」と聞いたので、
「はい、本を読んで学んでいる最中です。
私は釈尊の後をついて行きますので、あなたはあなたの神の後をついて行けばいいと思います。
人は皆、一つの山を登っているようなものだと思うんです。
目指すのは同じ頂上だけど、その道のりや水先案内人がそれぞれ違うだけで。
だからそれぞれの道を歩いて行けば、いつかまた会えるかもしれませんね」
と答えました。
女性は静かに私の話を聞いていましたが、
「でも、唯一まことの神はエ〇バであってね……」と言い、
私は「うーん、そうおっしゃると思いましたが……」と困りながらも笑顔で答え、
話は平行線のまま終わりました。
ちなみに山登りの話は私のオリジナルではなく、瀬戸内寂聴さんの話です。
いい考えだなぁと思います。
そういう考えだったら宗教対立なんて起きないんじゃないかな?
でもそんな思想、一神教の信者にとっては許せないんでしょうね……
私はどうしても、
「世界に神様が一人しかいない」っていうのは同意しかねますね。
いろいろいていいじゃん、と思うんだけどなー。
おうちの中で掃除などしておりましたら玄関でピンポーンと鳴りました。
人に会うのは嫌いなんですけどしょうがない。
渋々出てみました。
そこには穏やかな顔をした、小柄な中年女性が一人。
手には古そうな、辞典くらいの厚さの本が一冊。
それでだいたい訪問の目的はわかりました。
女性は私に向かって問いかけました。
「あなたは占いを信じますか?」と。
私は少し悩みました。
釈尊の言葉に、
「幸運をもたらすのは努力だけ。占いや暦注に時間を浪費してはならない」
というのがあるんだけど、それを説明したら話が長くなるし……
結局「私はそんなに占いを信じません。私は今の所、釈尊の後をついて行こうと思っています」
とだけ答えました。
女性は少し驚いた表情を見せ、
「何かお勉強してらっしゃるんですか?」と聞いたので、
「はい、本を読んで学んでいる最中です。
私は釈尊の後をついて行きますので、あなたはあなたの神の後をついて行けばいいと思います。
人は皆、一つの山を登っているようなものだと思うんです。
目指すのは同じ頂上だけど、その道のりや水先案内人がそれぞれ違うだけで。
だからそれぞれの道を歩いて行けば、いつかまた会えるかもしれませんね」
と答えました。
女性は静かに私の話を聞いていましたが、
「でも、唯一まことの神はエ〇バであってね……」と言い、
私は「うーん、そうおっしゃると思いましたが……」と困りながらも笑顔で答え、
話は平行線のまま終わりました。
ちなみに山登りの話は私のオリジナルではなく、瀬戸内寂聴さんの話です。
いい考えだなぁと思います。
そういう考えだったら宗教対立なんて起きないんじゃないかな?
でもそんな思想、一神教の信者にとっては許せないんでしょうね……
私はどうしても、
「世界に神様が一人しかいない」っていうのは同意しかねますね。
いろいろいていいじゃん、と思うんだけどなー。
PR
Comment